南禅寺豆腐を復活させたい

その昔、南禅寺の参道には湯豆腐店が軒を並べていましたが、古くは江戸時代より門前で豆腐屋が軒を連ねていた南禅寺豆腐は、一時期は過去のものとなっていました。いつしかにがりよりも失敗が少なく簡単に作れる充填豆腐が主流になっていました。 「私の代でにがりを使った昔の豆腐の味を復活させたい!」という思いに駆られました。

豆腐を作ることは誰でもできますが、いいものを作るのは至難の業。純度の高いにがりほど、言うことを聞いてくれません。試行錯誤してもなかなか思うように作れません。やがて、釜での炊き方が大事であることが判ってきたのです。 そんな矢先、九州の機械メーカーがにがり 100%の豆腐を作る機械を製造していることを知り、九州まで夫婦で見に行きました。

購入に際しては相当な決心が必要でした。と言いますのも、その数年前にも数千万もの大金を投じてプラントを購入したばかりだったからです。 しかし、「自分がめざす豆腐を作るためには、この釜を手に入れるしかない」と意を決し、先の機械を二束三文で売却し、その釜を購入しました。その時も、私の決めることに家内は何も反対しませんでした。

 

転機をむかえ


祖父、父から受け継いで、私で3代目。ついに100周年を迎えることができましたのは、一重に服部の豆腐を愛してくださった全ての方のお陰です。

私どもは、もともと南禅寺の湯豆腐店の数件に卸していました。私の代でも、最初は特定の湯豆腐店専門に卸していました。ここまで味を極められたのは、得意先の要望が厳しかったからに他なりません。 その時は大変に思えたことも、今思えば、厳しい得意先のお陰と感謝すべきことばかりです。難しい課題を出されたら、何とかしようと知恵を絞ります。結果、豆腐の味を追求でき、現在の服部の味になったのだと思います。

やがて、時代の変化とともに、新たな販路拡大のチャンスがきました。大手小売スーパーに卸せることになったのです。これからの時代を考えると、頑固に守らなければならないことと同時に、時代を見据えた正しい変革が必要でした。「これからはメーカーとしての道も開拓していこう」と決意。そんな中、南禅寺さんに「南禅寺御用達」の使用許可をいただくことができたときは、これ以上の喜びはないというほど嬉しかったです。

家族と豆腐に支えられたわが人生

美味しい豆腐作りに日々研鑽する傍ら、北白川で「ひと色」という豆腐料理の専門店を営んだこともあります。豆腐屋が豆腐料理の専門店を始めたのは日本でも先駆けでした。 しかし、やってみて飲食業の大変さが身に染み、二足のわらじは無理と判り、豆腐作りの本業に徹することが自らの進むべき道ということがはっきり判りました。

  

このように、寝ても明けても「豆腐、豆腐、豆腐」といつも頭から離れない私に、豆腐屋の嫁として、家内は本当によくついてきてくれました。 若い頃は、私より早く起きて、仕込みをしてくれていた日もよくありました。あえていうなら、大きな決断をする時には、世間知らずでいてくれることに助けら れました。

  

つまり、大きなことはわからないので反論せず、細かいことも何も言わずに辛抱してついてきてくれた…私が豆腐作りに専念できたのは、つきなみですが、家内のお陰と感謝しています。


 

豆腐を愛し作り続けてくれた職人達がいたから


豆腐作りでは、何年やっていても、新しい気付きがあります。特に最近判ったことですが、豆腐作りで一番大事なことは「衛生管理」です。どんなにいい水や材料を用意しても衛星面がちゃんとできていないと、美味しい豆腐にはなりません。

 

昔の豆腐作りの道具は至って単純で、掃除も簡単でした。しかし、今の機械は複雑な工程をこなし、掃除もその複雑な部分を隅々まで繊細に行う必要があり、日々入念な手入れが大切なんです。

 

それもこれも、「人」在りきのこと。働き詰めだった大変忙しい時代をともに働いてきてくれた川島専務をはじめ、アルバイトでも10年以上いてくれた人も多く、いい人材に恵まれてきたことも、100年を支えた軌跡として忘れてはならないことです。

 

夜中の2時~3時から仕込みが始まる豆腐作り。豆腐作りはそうした工程をコツコツとこなす真面目な職人が守り続けています。

人に感謝して、豆腐とともに生きてきました。

主人の豆腐作りへのこだわりは、十二分に理解しています。主人の厳しさが皆をひっぱってきたと思います。でもその前に、これまで続けて来られたのは、よく働き付いてきてくれた「職人」がいたからです。本当に感謝しています。

豆腐作りは真夜中から始まり、毎日同じことの繰り返しですが、少しでもいい加減な仕事をすると仕上がりにすぐに表れます。そんな根気のいる仕事にも関わらず、うちに来てくれる人は皆、根っからの真面目な方ばかりです。

私どものような手作りの現場では、よく若い人が定着せず高齢化が進んでいると聞きます。ところがうちは、20代、30代が現場でバリバリ働いてくれています。将来を考えても、若い職人さんに期待していますし、こうした若手の育成ができるのも、その昔休みなしに働いた、忙しい時代をともにした専務などベテランの職人さんがずっといてくれたお陰です。

私達夫婦はこれからも一日たりとも豆腐のことが頭から離れることはないでしょう。人生を全うするとき、ようやく安らかな時間を迎えることができる…それほど豆腐は私たちの全てとなっています。